バラードのイントロ、ピアノだけの静かな前奏に乗って、テンポを決めずに歌い出す。曲の最後、一音を長く伸ばしてゆっくり終わる。こうした「自由に歌っていい」部分で、なぜか伴奏とかみ合わなくなることがあります。
テンポが一定の部分なら、拍に合わせれば歌えます。けれども、テンポが伸び縮みする部分では、合わせる相手がいないように感じます。その結果、伸ばしすぎて伴奏が待ちきれなくなったり、逆に遠慮して平坦になったりします。
自由に見える部分にも、実は決まりがあります。それを知ると、揺れは不安定さではなく、表現として届くようになります。
ルバートがどんな揺れかを確かめたうえで、揺らしてよい場所、合わせ方の決め方、一人でできる練習までを並べて比べます。
ルバートは、タメと何が違う?
タメは一定の拍の中で置き所をずらすこと、ルバートは拍の間隔そのものを伸び縮みさせることです。
| タメ(後ろノリ) | ルバート | |
|---|---|---|
| 拍の間隔 | 一定のまま | 伸びたり縮んだりする |
| 動くもの | 歌の置き所だけ | 曲全体の時間の流れ |
| 伴奏との関係 | 伴奏は一定、歌がわずかに後ろ | 歌と伴奏が一緒に伸び縮みする |
| よく出てくる場所 | R&B、ソウルなどの一定のビートの上 | イントロ、曲の最後、弾き語りの静かな部分 |
タメは、伴奏の拍がそのまま進む上で、歌がほんの少し遅れて乗る技術です。詳しくは歌のタメと後ろノリの正体で扱いました。ルバートは、その拍そのものが伸び縮みします。ドラムなどのリズム隊が止まっている部分で使われることが多いのはそのためです。
自由に歌っていいのに、なぜ崩れる?
拍の目盛りを手放すと、どれだけ伸ばしたかが分からなくなり、戻る場所を見失うからです。
ルバートは「自由」と訳されることがありますが、何もかも自由という意味ではありません。もとは「盗まれた時間」という意味の言葉で、ある場所で時間を借りたら、別の場所で返すという考え方が基本にあります。フレーズの終わりで伸ばしたら、次のフレーズの頭では少し前に進んで帳尻を合わせる。こうして、大きな流れとしては曲が前へ進み続けます。
崩れる人の多くは、借りた時間を返していません。伸ばしたまま次に進むので、曲全体がどんどん遅くなり、伴奏が待ちきれずにずれていきます。反対に、目盛りを持ったまま揺らせる人は、どれだけ揺らしても「いま何拍目か」を見失いません。
拍に合わせる力と歌の正確さには、共通する土台があることが分かっています。拍への同期が正確な人ほど、歌の音程も正確な傾向がありました(出典:Frontiers in Human Neuroscience)。揺らす前に、揺らさずに歌える力が必要なのは、このためです。
揺らしていいのは、どこ?
イントロ、フレーズの終わり、曲の最後など、伴奏のリズムが止まっている要所に絞ります。
揺らしやすいのは次のような場所です。
- ピアノやギターだけで始まるイントロ、歌い出し
- フレーズの終わりの伸ばす音と、その後の間
- サビに入る直前の、一瞬ためる場所
- 曲の最後、ゆっくりと終わっていく部分
反対に、ドラムやベースがビートを刻んでいる部分でテンポを揺らすと、伴奏との間にずれが生まれます。そこはタメや言葉の置き所で表情をつける場所です。
揺らす量も、多ければ伝わるわけではありません。演奏の細かなタイミングのずれがノリの感じ方にどう影響するかを調べた研究では、一般の聴き手の体験にはほとんど影響しなかったと報告されています(出典:Frontiers in Psychology)。細かく揺らし続けるより、要所で一度、はっきり揺らすほうが聴き手に届きます。長い音の終わり方はフレーズの終わり方で、遅い曲の組み立てはバラードの歌い方で扱っています。
伴奏とは、どうやって合わせる?
どちらが時間を持つかを先に決め、息を吸う動きを合図にします。
ルバートの部分では、歌と伴奏のどちらかが時間の流れを決め、もう一方がそれに寄り添います。歌が時間を持つなら、伴奏は歌の息と言葉を見て合わせます。伴奏が時間を持つなら、歌は伴奏の和音の変わり目を聴いて合わせます。これをリハーサルで先に決めておかないと、互いに相手を待ってしまい、流れが止まります。
合わせる合図としていちばん使えるのが、息を吸う動きです。歌い出す前の吸気は、次のテンポを相手に伝える役割を持っています。この仕組みは歌い出しが合わない理由で詳しく扱いました。一緒に歌うプロ歌手の呼吸を測った研究では、歌っている間に呼吸のリズムがそろっていくことが示されています(出典:合唱中の呼吸と心拍の同期を調べた研究)。息を見せ合うことは、時間を共有する方法そのものです。
自分で伴奏する弾き語りでは、歌と手が同じ人の中にあるので、一見合わせやすく見えます。ただ実際には、手が歌につられて止まったり、歌が手を待ったりしがちです。手と声の分担の考え方は弾き語りで歌と伴奏がずれる理由が参考になります。
一人で練習するには?
一定のテンポで歌えることを確かめてから、揺らす場所と返す場所を決めて練習します。
1. まず、揺らさずに歌う
ルバートの部分も、最初はメトロノームに合わせて一定のテンポで歌います。どこに何拍あるかを体に入れるためです。正確さの上に揺れを乗せるという考え方は、タイム感の正体とも共通しています。
2. 揺らす場所と、返す場所を決める
楽譜や歌詞カードに、伸ばす場所と、その分を取り戻す場所を書き込みます。「ここで一拍分伸ばし、次のフレーズの頭で前に進める」のように、借りと返しをセットで決めておきます。息を吸う位置も一緒に決めておくと、流れが途切れません。息継ぎの位置の決め方はブレスはどこで吸うかで扱っています。
3. 揺らした録音に、手拍子をつけて聴く
揺らして歌った録音を聴きながら、拍に合わせて手を叩いてみます。揺れていても手拍子がついていけるなら、聴き手も拍を見失っていません。手拍子が迷うところは、揺らしすぎか、返しを忘れている場所です。
4. 相手と合わせる
伴奏者やデュエットの相手と合わせるときは、揺らす場所を事前に共有します。相手の息を見る、合図を決めるといった合わせ方はデュエットで声が合わないときの合わせ方でも触れています。バンドの中での合わせ方はバンドの中で歌うとずれる理由を参考にしてください。
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よくある質問
Q. 原曲の歌い手と同じように揺らせば、うまく聴こえますか?
原曲の揺れは、その歌い手の息と言葉の運びに合わせて生まれたものです。形だけ真似ると不自然になりやすいので、揺らす場所と量は、自分の息の長さに合わせて決め直してください。
Q. 伴奏の音源に合わせて歌う場合、ルバートはできますか?
音源のテンポは動かせないので、音源が揺れている場所に歌が合わせる形になります。音源の揺れ方を何度も聴いて、伸びる場所と戻る場所を先に覚えておきます。
Q. テンポが一定の曲でも、少しだけ揺らしていいですか?
ビートが刻まれている部分でテンポそのものを揺らすと、伴奏とずれて聴こえます。一定の曲では、テンポは保ったまま、言葉の置き所や音の長さで表情をつけるのが基本です。
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