一曲目は出る。二曲目の後半で声の色が変わり、三曲目では高いところが引っかかる——ロックで起きるこの失速は、体力の問題ではありません。張った声を喉の力で作っているために起きています。
この様式では、強い声、荒い質感、押し切る勢いが求められます。そこで「思い切り出す」という方向に進むと、最初のうちは狙った音に近づきます。ところが同じ出し方を続けると、声は摩耗していきます。
強く聴こえる声と、強く出している声は別物です。ここを取り違えている間は、練習量を増やすほど消耗が早くなります。
この記事では、張った声の中身、質感の作り方、そして長く歌い続けるための扱いまでを整理します。
ロックの声には、何が求められている?
音量ではなく、密度と荒さです。しかも両方とも量ではなく質の話です。
この様式の声は「大きい」と説明されがちですが、実際に聴き手が受け取っているのは押し出す圧ではありません。歪んだギターとドラムの中で埋もれずに前に出てくる密度、そして人の声だと分かる荒さです。
この2つは、それぞれ別の方法で作ります。密度は響きの成分、荒さは声の質の選択です。両方を「強く出す」で片づけようとするから、喉に負荷が集まります。ジャンル差の全体像はジャンルで歌い方は何が変わるかにまとめています。
張った声は、一種類ではない
複数の質に分かれます。プロは目的に応じて使い分けています。
ミュージカル劇場のプロ歌手を対象に、リアルタイムMRIで声道の形を測った研究では、張った声が単一ではなく複数の質に分かれ、口の開き、顎の開き、喉の奥の空間、喉の位置がそれぞれ違っていたことが示されています。荒く力強い質のものも、その一つとして測られています(出典:Journal of Voice(複数種類の張った声の声道の形をMRIで測った研究))。
ここから読めるのは、張った声が「気持ちの入れ方」ではなく形の選択だということです。形が違えば結果も違う。そして形は練習で変えられます。
声質を意図的に切り替える訓練を受けた歌手のほうが、切り替えの幅が広い傾向も報告されています(出典:Journal of Voice(声質の切り替え幅を比較した研究))。使える形が増えるほど、曲に合わせて選べるようになります。
「前を大きく開ける」は更新された
広げる場所は口ではなく、喉の奥です。ここが最大の実務的な差です。
強い声を出すとき、口を大きく開けて前に押し出す形が長く教えられてきました。ところが前掲のMRI研究では、荒く力強い質の声で確認されたのは、喉の奥の空間が大きく、舌の位置が高い形でした。前が広く奥が狭い形ではありません(出典:Journal of Voice(複数種類の張った声の声道の形をMRIで測った研究))。
| 思い込み | 実際に測られた形 | 練習での置き換え |
|---|---|---|
| 口を限界まで開ける | 顎の開きは質によって変わる | 開きは音程に応じて調整する |
| とにかく前に出す | 喉の奥に空間がある | 奥をつぶさない感覚を先に作る |
| 舌は下げる | 舌の位置は高い | 舌を押し下げる癖を外す |
高いところで詰まるとき、多くの場合は母音の処理でも解けます。高音域では母音をわずかに変えることで響きが合う仕組みが理論的に説明されています(出典:Journal of Voice(母音の調整を音響理論で説明した研究))。詳しくはベルティングのやり方と高音が出ない原因で扱っています。
荒い質感は、どう考える?
声の通り道の使い方で作る要素です。声帯を痛める方向で作るものではありません。
荒さやエッジは、この様式の魅力の中心にあります。ただし作り方には幅があり、負荷の大きさも違います。声質ごとに発声の効率が異なることは、実測した音の信号と声道の数値モデルを組み合わせた研究で扱われています(出典:声質ごとの発声効率を調べた研究)。同じように聴こえても、身体にかかる負担は同じではないということです。
実務的な判断基準は単純です。その質感を出したあとに、普通の声がすぐ戻るか。戻るなら通り道で作れています。戻らないなら、声帯そのものに負荷が集まっています。締まった声の抜き方は喉声を直すにはにまとめています。
ビブラートは控えめでいい?
ジャンルによって適量が違います。この様式では浅く少なめが合いやすくなります。
オペラ、ロック、ブラジルのカントリーという3つのジャンルのプロ歌唱を比較した研究では、ビブラートの揺れの速さと幅に統計的な差があり、ジャンル固有の型が存在することが示されています(出典:3つのジャンルのビブラートを比較した研究)。
つまり、揺らさないことは技術不足ではありません。様式上の選択です。まっすぐ伸ばす力そのものは別に必要なので、そこはピッチが安定しない原因、揺れの基準値はビブラートの速さと揺れ幅をご覧ください。
大音量の中で、声を通すには
音量を上げるのではなく、伴奏と重ならない成分を作ります。
訓練された歌声では、およそ3kHz付近に成分の山が形成され、人の耳が敏感な帯域と重なるため、大きな伴奏の上でも声が届きます(出典:Sundberg(歌声の音響学))。良い声質とされる音に3〜4kHz帯のはっきりした山が現れることも報告されています(出典:Journal of Voice(平均スペクトルによる声質評価の研究))。
歪んだギターは中域に厚く分布します。同じ場所で音量勝負をしても埋もれ方は変わりません。戦う帯域をずらすのが現実的な解決です。成分の作り方は声量を上げる考え方、響きの育て方は歌の倍音と通る声にまとめています。
長く歌い続けるための扱い
負荷の高い様式だからこそ、前後の手当てが結果を左右します。
発声の準備運動については、声への負担感が軽くなることや、音の安定性が変わることが報告されています(出典:準備運動が声への負担感に与える影響を調べた研究)。ストローや唇を使って通り道を狭める運動には、声帯にかかる負担を下げながら効率よく響かせる効果があると整理されています(出典:声道を狭める発声運動の利点をまとめた論考)。
そして声の違和感が長く続く場合は、練習で押し切らないことが大切です。国内の『音声障害診療ガイドライン』では、声がれが続く場合の診療の流れが示されています(出典:日本音声言語医学会・日本喉頭科学会『音声障害診療ガイドライン 2018年版』)。歌い手にとって声は資本です。長引く違和感は早めに専門医へ相談するほうが、結果的に近道になります。枯れの仕組みは歌うと声が枯れる理由、準備の順番は発声練習の組み立て方で扱っています。
よくある質問
Q. シャウトは練習しても大丈夫ですか?
作り方によります。出したあとに普通の声がすぐ戻るかを毎回確かめてください。戻りが悪い日は量を減らす判断が要ります。
Q. ライブの翌日に声が出ないのは普通ですか?
疲労は起こり得ますが、毎回続く場合は出し方の見直しが必要です。違和感が長引くときは専門医への相談をおすすめします。
Q. 声を張ると音程が上がりきりません。
喉の奥がつぶれている場合と、母音の処理が合っていない場合があります。開ける場所を口から奥へ移すと変わることが多くあります。
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