ゆっくりなら歌えるのに、原曲のテンポになると口が追いつかない。言葉数の多い曲で起きるこの詰まりは、口の器用さだけの問題ではありません。
早口の曲を練習するとき、多くの人は何度も通して歌い、慣れで追いつこうとします。ところが、崩れた状態のまま繰り返すと、崩れた動きのほうが身についてしまいます。
追いつけない理由を分けて考えると、練習のしかたが変わります。
三つの原因を一つずつ扱ったあと、テンポの上げ方と、言葉を届けるための選び方に進みます。
早口の歌は、どこで崩れている?
口の動き、言葉の処理、息の三か所のどこかが、速さに追いついていません。
一つめは動きの量です。ゆっくり歌うときと同じ大きさで口を動かしていると、速いテンポでは次の音に間に合いません。二つめは処理の単位です。一文字ずつ思い出して発音していると、頭の処理が口より先に詰まります。三つめは息です。言葉が続く曲ほど吸う隙間が少なく、途中で息が足りなくなると、残りのフレーズが急いだり、つぶれたりします。
自分がどこで崩れているかは、録音で確かめられます。特定の言葉で毎回つまずくなら動き、フレーズの後半ほど崩れるなら息、歌詞が一瞬出てこないなら処理の問題であることが多いです。
口の動きは、小さくしていい?
小さくしてかまいません。速い箇所ほど、顎はあまり動かさず、舌と唇で言葉を作ります。
顎は重く、動かすのに時間がかかる部位です。一音ごとに顎を大きく上下させると、それだけで速さの限界が下がります。速いフレーズでは、口の開きをある程度一定に保ち、舌先と唇の動きで子音を作るほうが間に合います。
子音そのものは、短く鋭く済ませるのが基本です。子音に時間をかけるほど母音に入るのが遅れ、言葉が後ろへずれていきます。子音の扱い方は歌の滑舌をよくするにはで詳しく説明しています。
全部の言葉を、同じ強さで言わない
速いフレーズの中にも、しっかり置く言葉と、軽く通す言葉があります。すべてを同じ強さで発音しようとすると、動きの量が増えて追いつけません。どの言葉を置き、どれを通すかの考え方は譜割りと言葉の置き方が土台になります。弱い音節を短く流す感覚は、英語の歌のリズムで扱った内容とも共通しています。
歌詞は、どの単位で覚える?
一文字ずつではなく、1拍や2拍ごとのかたまりで覚えます。
「きのうのよるに」を七つの音として覚えると、七回思い出す必要があります。「きのうの/よるに」と拍に合わせた二つのかたまりにすると、思い出すのは二回で済みます。かたまりの中は、一続きの動きとして口が覚えていきます。
かたまりの区切り方は、拍の頭を目印にするのが実用的です。どの言葉が拍の頭に来るかを先に確認し、そこから次の拍の頭までを一つの動きとして練習します。曲を覚えるときの区切り方全般は歌詞と曲の覚え方で扱っています。
かたまりは、声を出さずに固めることもできます。頭の中で歌う練習、実際に歌う練習、体を動かす練習を組み合わせると、どれか一つだけより演奏がよくなったという研究があります(出典:Frontiers in Psychology)。移動中に、拍を指で刻みながら頭の中でかたまりを唱えておくと、実際に歌ったときに言葉が先に出てきやすくなります。
息継ぎがない曲は、どこで吸う?
短く吸える場所を、歌う前に決めておきます。一瞬の休符や、言葉の切れ目が候補です。
早口の曲は、一見すると吸う場所がないように聴こえます。けれど原曲をよく聴くと、歌手は小さな休符や言葉の切れ目で、ごく短く吸っている場合が多くあります。吸う場所を決めずに歌い出すと、息が尽きたところで慌てて吸うことになり、そこでリズムが崩れます。
歌っている間の息は、吸う量より吐く量の制御が要になります。熟練した歌手は、息を吐きながらお腹や肋骨まわりの筋肉で声を支える圧を調整していることが、測定で示されています(出典:Journal of Voice)。言葉が多い曲ほど、一息で使う量を小さく配分しておくと、後半まで持ちます。吸う位置の決め方はブレスはどこで吸うかで整理しています。
テンポは、どう上げていく?
崩れない速さから始め、正確に歌えたら少しだけ上げる、を繰り返します。
最初から原曲の速さで歌うと、崩れた動きを繰り返すことになります。テンポを落とした音源やメトロノームを使い、一度も崩れずに歌える速さを出発点にします。
- 詰まる箇所だけを抜き出し、音程をつけずにリズムだけで読む。
- 拍に合わせて手を叩きながら読む。
- 崩れない速さで、音程をつけて歌う。
- 三回続けて崩れなければ、テンポを少し上げる。
- 崩れたら一段階戻す。
頭では分かっているのに口が合わない状態は、知覚と動きの対応づけがまだできていないサインです。拍に合わせる力が弱い人は、拍を聴き取れていないのではなく、聴いたものを動きに変える段階でずれていることが、研究で示されています(出典:拍への同期のつまずきを調べた研究)。遅い速さで正しい動きを繰り返すのは、この対応づけを作り直す作業です。
熟練した歌手の練習を調べた研究でも、目標を細かく決め、すぐに結果を確かめる構造が共通していました(出典:熟練歌手の練習行動を調べた研究)。「今日はこの2小節を、このテンポで」と範囲を絞るほうが、通し練習を重ねるより前に進みます。
速く歌えても、言葉が届かないときは?
全部を明瞭にしようとせず、聴き手に届けたい言葉を選んで立てます。
テンポに追いつけるようになると、次は「何を言っているか分からない」という問題が出てきます。ここで全部の言葉をはっきり発音しようとすると、また動きが増えて遅れます。
速いフレーズでは、意味の中心になる言葉を一つか二つ選び、そこだけ子音をはっきり立てます。残りは軽く流します。音が立ち上がる鋭さや消え方の違いは、聴き手のタイミングの感じ方にも影響すると分かっています(出典:Music Perception)。立てる言葉を選ぶことは、言葉の聴き取りやすさと、リズムの切れの両方に関わります。どの言葉を立てるかの選び方は歌詞の解釈のしかたが参考になります。
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よくある質問
Q. 早口言葉の練習は、歌にも効きますか。
舌や唇を動かす準備にはなりますが、歌では拍に合わせて言葉を置く必要があります。早口言葉も、メトロノームに合わせてかたまりごとに読むと、歌の練習に近づきます。
Q. 速い曲になると、声が小さくなってしまいます。
言葉を追うことに意識が向き、息の配分が後回しになっていることが多いです。まずテンポを落として声の大きさを保てる速さを確認し、そこから少しずつ上げてください。
Q. 原曲より、いつも少し遅れてしまいます。
子音に時間をかけすぎているか、拍の頭の言葉を確認できていない可能性があります。拍の頭に来る言葉だけを手拍子に合わせて読み、そこに間に合わせる練習から始めてください。
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