ステージの本番ではなく、家族のいる部屋や友人とのカラオケで、もう恥ずかしい。本気で歌う姿を見られること自体に、抵抗がある。この感覚は、緊張とは少し違うところから来ています。
歌がうまくなりたい気持ちはあるのに、誰かに聴かれると思うと声が小さくなる。家では家族が出かけた時間にしか練習できない。こうした悩みは、歌を始めたばかりの人だけでなく、長く歌ってきた人にもあります。
恥ずかしさは、性格の問題として片づけられがちです。けれど中身を分けると、扱い方が見えてきます。
緊張との違いを確かめたうえで、恥ずかしさが強まる仕組み、聴き手の広げ方、考え方の置きどころへと順番に話を進めます。
恥ずかしさと緊張は、同じもの?
重なる部分はありますが、向いている先が違います。
本番の緊張は、「うまくやれるか」という結果への不安が中心です。心拍が上がる、手が震えるといった体の反応として表れやすく、大きな場面ほど強くなります。こうした本番の不安の扱い方はあがり症と歌の関係やステージで緊張しない方法で扱っています。
恥ずかしさは、結果より「見られること」そのものに向いています。うまく歌えるかどうか以前に、本気で歌っている自分の姿や、感情のこもった声を人に知られることに抵抗がある。そのため、聴き手が身近な人であるほど、かえって強く出ることがあります。
なぜ歌は、話すより恥ずかしい?
歌は、声という体の一部と、感情や本気を同時に見せる行為だからです。
話すときの声は、伝える内容の入れ物です。歌では、声そのものが聴かれる対象になります。しかも歌詞には感情が込められていて、それを声に乗せる姿は、ふだん人に見せない面をさらすことになります。
もう一つ、「歌は上手な人がするもの」という思い込みも恥ずかしさを強めます。上手でなければ人前で歌ってはいけない、と感じていると、練習中の未完成な声を聴かれることが、評価の対象になってしまいます。自分の声そのものに抵抗がある場合は、自分の声が嫌いだと感じる理由も参考になります。
小さく歌うほど、恥ずかしくなるのはなぜ?
声を控えるほど不安定になり、失敗が目立ち、恥ずかしさが強まるからです。
恥ずかしいとき、人は声を小さくして目立たないようにします。ところが、息を抑えた小さな声は音程も響きも不安定になります。不安定な声は自分の耳にも「下手」に聴こえ、恥ずかしさがさらに増します。控えめに歌うことが、恥ずかしさを育ててしまうのです。
感情を消そうとするほど、かえってその感情にとらわれることがあります。この考え方から、不安を消すのではなく受け入れたうえで、自分が大切にしたい行動を選ぶ方法(アクセプタンス&コミットメント・セラピー、略してACT)があります。要するに「怖さや恥ずかしさはあるまま、やりたいことをやる」という考え方です。歌の先生がこの方法を身につけて生徒の本番不安に取り組んだ試みも報告されています(出典:Frontiers in Psychology)。
恥ずかしさは、どう小さくしていく?
聴き手を一段ずつ広げていきます。各段で声を出し切れたら、次へ進みます。
| 段階 | 聴き手 | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 誰もいない場所 | 小さくせず、出したい声で歌える |
| 2 | 録音した自分 | 聴き返しても止めずに最後まで聴ける |
| 3 | 信頼できる一人 | 1曲を途中でやめずに歌える |
| 4 | 少人数 | 感想を聞いても次の曲を歌える |
| 5 | 人前 | 恥ずかしさがあっても声を控えずに歌える |
本番の不安に対する介入を調べた系統的レビューでは、考え方の見直しと、実際の場に少しずつ慣れていく行動面の取り組みを組み合わせた方法が有効だとまとめられています(出典:本番不安への介入を調べた系統的レビュー)。段階を小さく刻むのは、この「少しずつ慣れる」部分を、日常の中で実行しやすくするためです。
2の録音は、多くの人にとって最初の壁です。録った声を聴くときの着眼点は録音して聴く練習で扱っています。
考え方は、どこを変えればいい?
「うまく見せる場」から「試す場」へ、歌う目的を置き換えます。
人前で歌う目的が「うまいと思われること」だと、失敗はすべて恥になります。目的を「今日はこのフレーズの息の配分を試す」「この言葉を相手に届けてみる」に変えると、失敗は試した結果の一つになります。
聴き手の側も、多くの場合、歌い手が思うほど細部を覚えていません。自分では大きな失敗に感じた音程のずれも、聴き手の記憶には残らないことがよくあります。それでも気になるときは、自分を評価する基準が他人との比較になっていないかを確かめてください。比べ方の整理は歌がうまい人と比べて落ち込むときで扱っています。
即興やグループで歌うと、なぜ楽になる?
正解のない場と、同じ立場の仲間が、評価される感覚を弱めるからです。
レッスンの中で即興的に歌う時間を取り入れたところ、本番不安の症状が軽くなったという報告があります(出典:レッスンでの即興歌唱と本番不安の研究)。決まった正解がない場では、間違いという概念が薄くなり、声を出すこと自体に集中しやすくなります。
学生の歌い手を対象に、グループで不安に取り組むプログラムの効果を調べた研究もあります(出典:Frontiers in Psychology)。同じ課題に取り組む仲間の前で歌うことは、表の3と4の段階を安全に踏む場になります。Vocal Campのレッスンは4名のグループで行うため、この段階を毎回の練習の中で踏むことになります。詳しくはグループレッスンとV-logの仕組みをご覧ください。
家で練習するのも恥ずかしいときは?
音量を落としてもできる練習から始め、聴かれてもいい時間を家族と決めておきます。
家族に聴かれるのが恥ずかしくて練習できない場合、まずはストロー発声やハミングのように、音量を抑えても効果のある練習を選びます。やり方は家で声が出せないときの練習で扱っています。
そのうえで、「毎週この時間は歌の練習をする」と家族に一度伝えておくと、聴かれることが特別な出来事ではなくなっていきます。練習を続けるための仕組みづくりは歌の練習が続かない理由が参考になります。
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よくある質問
Q. 場数を踏めば、恥ずかしさは消えますか。
慣れで小さくなる部分はありますが、ゼロになるとは限りません。恥ずかしさがあっても声を控えずに歌える状態を目標にすると、場数がそのまま力になっていきます。
Q. 友人とのカラオケでは、どうすればいいですか。
最初は歌い慣れた曲を選び、1曲の中で一か所だけ声を出し切る場所を決めておくと始めやすくなります。全部を上手に歌おうとしないことが、恥ずかしさを小さくする近道です。
Q. 恥ずかしがり屋は、歌に向いていないのでしょうか。
そうとは限りません。恥ずかしさを感じる人は、聴き手の反応に敏感だとも言えます。その感覚は、聴き手に届く歌を考えるときの手がかりにもなります。
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