音を止めて一つずつ確認すると合っている。それなのに続けて歌うと濁る。問題は音そのものではなく、音から音へ移る途中にあります。
チューナーを見ながら一音ずつ出せば、ちゃんと合う。ところが曲の中で歌うと、どこか濁って聴こえる。特に音が大きく跳ぶ箇所で、それがはっきりする。
この状態は、音程の正確さの問題として片づけられがちです。しかし一音ずつなら合っているのですから、狙う位置は分かっています。合っていないのは、そこへ向かう途中の道です。
移り目で何が起きているのか、跳躍がなぜ難しいのか、どう練習すれば経路が整うのかを一つずつ確認します。
音と音の間で、何が起きている?
声帯の張り具合と、口の中の形が、同時に切り替わっています。
声の高さは、声帯が一秒間に何回震えるかで決まります。その回数を変えるには、声帯を引っ張る力を変える必要があります。高い音は強く引っ張り、低い音はゆるめる。この調整には、わずかとはいえ時間がかかります。
同時に、口の中の形も動きます。母音が変われば舌と顎の位置が変わり、響きの共鳴も変わります。つまり移り目では、二つの別々の調整が並行して進んでいます。
歌の音の高さを合わせる働きは、聴いて期待した高さに向けて声帯の張り具合を合わせにいく仕組みとして説明されています。この仕組みは、拍に体を合わせる制御と共通の基盤を持つとされています(出典:Frontiers in Human Neuroscience)。要するに、先に目標があって、体がそこへ合わせにいく構造です。
音程が「濁る」のは、どういう状態?
目標に届くまでの途中経過が、聴こえてしまっている状態です。
移り目に時間がかかると、その途中の高さが音として聴き手に届きます。上りなら下から持ち上がる音、下りなら上から降りてくる音です。長さにすればごくわずかですが、耳はこれを拾います。
この状態は、音を伸ばしている最中に揺れる現象とは別物です。伸ばしている音が揺れるのは持続の問題で、ピッチが安定しない原因で扱っています。ここで扱っているのは、二つの音の間だけに現れる現象です。
また、狙った位置に置けているかどうかという到達点の話とも切り離せます。到達点の精度は音程を思った位置に置く力の領域です。経路は、そこへ向かう途中の設計です。
なぜ、下から探りに行ってしまう?
次の音が決まる前に、声を出し始めているからです。
下から探る癖には、はっきりした順序の問題があります。本来は「次の高さを決める」「そこへ体を合わせる」「声を出す」の順です。ところが慌てると「声を出す」が先に来て、出しながら高さを探すことになります。
探すときは、下から上へ動くのが自然です。低い側から近づけば、行きすぎても目立ちません。だから無意識の修正は、ほぼ例外なく下から上への動きになります。
拍への同期がうまくいかない人を調べた研究では、聴き分ける力は保たれているのに、それを動きに変換する部分だけがうまくいかない例が確認されています(出典:拍への同期に関する研究)。音程の探り癖も、同じ構図で見ることができます。聴こえているのに、変換が間に合っていない状態です。
なお、意図してすくい上げる装飾は別の技術です。狙って入れる場合は、入れる深さも長さも自分で決めています。三回歌って三回とも同じ形になるかどうかが、癖と技術の分かれ目になります。
移り方には、どんな種類がある?
つなぐ、切る、滑らせる。この三つを選び分けます。
| 移り方 | やること | 向く場面 |
|---|---|---|
| つなぐ | 声を止めずに、最短で次の高さへ移る | 言葉が流れる箇所、静かなフレーズ |
| 切る | いったん声を止め、次の音を新しく出す | 言葉を立てたい箇所、リズムを刻む箇所 |
| 滑らせる | 途中の高さを意図的に聴かせながら移る | 感情の起伏を出す一、二か所 |
濁って聴こえるのは、「つなぐ」つもりで「滑らせる」になっているときです。経路を最短にするつもりが、途中が長く残っている。逆に言えば、滑らせるのは狙ってやれば表現になります。
この三つの選択は、フレーズのつなぎ目でいう「移り」の設計そのものです。一フレーズの中で、どの移り目にどれを使うかを決めておきます。
跳ぶと、なぜ難しくなる?
切り替える対象が、一つではなく三つに増えるからです。
隣り合う音への移動なら、声帯の張り具合を少し変えるだけで済みます。ところが五度、八度と跳ぶと、変わるものが増えます。
- 声の重さ——低い側の厚みのある声から、高い側の軽い声へ切り替わる
- 口の中の形——高い音では顎の開きや母音の形を調整する必要が出る
- 響きの位置——鳴っている感じの中心が移動する
高い音では、口の開き方を変えて共鳴の周波数を持ち上げる調整が必要になることが、声道の共鳴を扱った研究で説明されています(出典:声道の共鳴に関する研究)。高い音で母音の形を少し変える手法も、この共鳴の関係から理論的に整理されています(出典:Journal of Voice)。
跳躍で濁るとき、原因が経路ではなく声の切り替えの側にあることもあります。その場合は地声と裏声の段差を先に扱ってください。段差が残っている状態で経路だけ整えても、跳んだ先で崩れます。
練習は、どう組み立てる?
二音だけを取り出し、間に無音を挟むところから始めます。
系統的な発声訓練を受けた声楽の学生を対象にした研究では、音域や音量の幅とともに、音の高さを制御する精度にも変化が確認されています(出典:Journal of Speech, Language, and Hearing Research)。経路の精度も、訓練で動く対象です。
四つのステップ
- 二音を切って出す。間に一拍の無音を置き、二音目を新しく立ち上げます。ここでは経路がないので、到達点だけを確認できます
- 無音を短くする。半拍、四分の一拍と詰めていきます。到達点がぶれ始めたら、一つ戻ります
- ハミングでつなぐ。口を閉じたまま二音を続けます。口の形が変わらないため、経路だけを聴き取れます
- 同じ母音でつなぐ。「あ——あ」のように母音をそろえて移ります。母音を変えるのは、これができてからです
三番目のハミングが、この練習の中心です。母音の変化という要素を消せるので、声帯の切り替えだけを切り出せます。声の出だしの型を整える練習でもハミングを使いますが、目的が違います。あちらは立ち上がり、こちらは移り目です。
上りと下りで、難しさは違う?
下りのほうが崩れやすく、しかも気づきにくいという特徴があります。
上りで届かないのは、本人にもすぐ分かります。届いていない感覚が体に残るからです。ところが下りで下がりすぎた場合は、楽に出せてしまうため違和感が薄くなります。
下降で下がりすぎる現象は、フレーズの後半で息の圧力が落ちることとも関係します。この点は音程がぶら下がる原因で詳しく扱っています。
七週間にわたる発声のウォームアップを追跡した研究では、声の高さの水準とその規則性が向上したことが報告されています(出典:発声のウォームアップに関する縦断研究)。下降の精度も、日々の積み重ねで変わっていく部分です。
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よくある質問
Q. 下から探る癖は、意識すればすぐ直りますか。
意識だけでは戻りやすい癖です。二音を切って出す練習で「決めてから出す」順序を体に入れてから、つなぐ形に戻してください。
Q. ハミングだとつながるのに、母音にすると濁ります。
口の形の変化が加わったためです。まず同じ母音だけでつなぎ、それができてから母音の異なる組み合わせに進んでください。
Q. 滑らせる移り方は、使わないほうがいいですか。
狙って使う分には有効です。一曲に一、二か所と決めておくと、無意識の癖と区別しやすくなります。
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